「13番 ヴィルフリート様、ローゼマイン様」

 そう呼ばれて、わたしとヴィルフリートは立ち上がった。数人の先生が待ち構えているところへと歩いていく。

 十人の先生が二人一組になって圧縮を見てくれていて、領主候補生から順番に呼ばれていた。大領地の領主候補生は魔力の扱いにやや慣れているのか、圧縮できるようになるのも早かったようだ。魔力圧縮ができるようになった二人が、自分の席へと戻って少しでも圧縮しようと眉間に力を入れ始める。

 視線を巡らせば、三人の領主候補生が先生に囲まれながら魔力を圧縮しようと眉間に皺を刻んでいる姿が見える。一人の先生は何か魔術具を持った状態で、圧縮する生徒の様子を注意深く見ていて、もう一人の先生は生徒ではなく、手首にはめた魔術具を凝視している。

 フラウレルムが魔術具をじっと見ているのが視界に映った。昨日、気絶させてしまった身としては少々気まずいので、フラウレルムが自分の担当にならなかったことをこっそりと神に感謝しておく。

 ……さぁ、圧縮、どうしよう?

 今まで以上の圧縮が必要になるならば、もう一段階、何か別の圧縮方法を急いで考えなければならない。しかし、布団圧縮袋で圧縮してしまった魔力をこれ以上どうすれば良いのだろうか。

 ……機械で圧縮というイメージでやれば、更に小さくなるんだろうけど。

 機械で圧縮した、というと思い浮かぶのは、アルミ缶ががっちりと四角に固められている姿だ。小さくはなるけれど、その後の魔力を使いたい時に魔力を解放できる気がしない。私が無理そうと思った時点でできなくなる。自分で使えない魔力を溜めこむようなことをすれば、解かすためにまたユレーヴェが必要になる。

 ……これ以上の浦島太郎は嫌ぁ!

 何か新しい圧縮方法の参考になりそうなことはないだろうか。

 わたしは、先程先生達が圧縮のやり方について、それぞれのイメージを述べていたことを思い出す。

 わたしは「広がっている魔力を真ん中に集めてくる」と「押して、押して、押しまくる」のは、すでに行っている。ならば、「果汁から水を抜いていく感じ」とか「薬液を煮詰めるのに似ている」というヒントから新しい圧縮ができないだろうか。

 ……ん~、ヒルシュール先生が薬液を煮詰めていくように、お料理でスープをぐつぐつと煮込んで、煮詰めるイメージなら簡単にできるんじゃない?

 スープを煮詰めて、水分が蒸発して、どろっとした感じになった時には、かさが減っている。その煮詰めるイメージを圧縮の最初の段階に持ってきたらどうだろうか。煮詰めた魔力をローゼマイン式で更に圧縮していくのだ。

 ……よし、やってみよう。

 無事に合格を勝ち取るんだ、と気合を入れて、わたしは先生の前に立った。

 ヒルシュールともう一人、多分、騎士見習い達を教えている先生だろうと思われる筋骨たくましい男の先生がいる。「噂には聞いていたが、小さいな」とその先生が呟いたのが聞こえた。

「ローゼマイン様の魔力圧縮をお手伝いするのは、わたくし、ヒルシュールとルーフェンです」

「私が付いているからには大丈夫だ。押して、押して、押しまくって魔力を抑えこんでいけば圧縮は難しくない。応援するから一緒に頑張ろう」

 ニッと笑っている顔は体育教師というような爽やかさがあるけれど、言動から察するにわたしがあまり得意ではない暑苦しいタイプの熱血教師だと思う。麗乃時代、本ばかり読まずに体を動かせ、と休み時間に外へと引きずられていたわたしは、どうにも苦手意識が拭えない。

「さぁ、ローゼマイン様。左手の手首を出してください。こちらの魔術具を付けます」

 ヒルシュールに言われて、わたしは手首が見えるところまで袖をまくって、左手をヒルシュールに差し出した。

 ヒルシュールが手に持っていた魔術具をわたしの手首にはめる。まるでごつごつとした大きな腕時計のような魔術具はシュッとベルト部分のサイズが変わって、わたしの手首にピタリと合う。

 ……重っ!

 ガクンと腕が下がるのを、ヒルシュールが支えて、じっと魔術具へと視線を向けた。

「こちらの準備はできました。ローゼマイン様、圧縮を始めてください」

「よし、気合を入れて、魔力を抑えこんでいくんだ! ぐっと押し込んでいけばいい。自分の魔力に打ち勝て」

 ルーフェンの少々うるさい応援に曖昧な笑顔で頷き、わたしは軽く目を閉じた。自分の体にある魔力に集中する。

「いいぞ、魔力の流れを感じるか!?」

 集中できないからちょっと黙ってほしいと思いながら、わたしは魔力を詰め込んでいる奥の蓋を開ける。

 ……魔力を煮詰めるように圧縮するためには、まず一度全開放しなきゃね。神官長がくれた魔術具がいっぱいあるからこそできるんだけど。

 わたしは蓋を完全に開け放って、奥底に溜めこんであった魔力を一気に解放した。そして、手足の魔術具はもちろん、お守りとして借りている魔術具にもどんどんと魔力を流し込んでいく。

 身体強化の魔術具に魔力を入れられるだけ入れた今はものすごく体が軽くて、飛び上がったらかなり高く飛べそうな気がする。

 ……わたし、きっとこの一瞬だけはおじい様より強いかも。

 ゆっくりと目を開ければ、視力まで強化されているのか、かなり遠くにいる生徒の顔がハッキリと見えたし、雑音をうるさいほどに耳が拾っている。

「その調子だ。魔力が動いているぞ。このまま奥に押し込めるんだ! 頑張れ!」

 身体強化の魔術具だけではなく、神官長にもらった全てのお守りに目一杯魔力を流し込むと、自分の体内に残る魔力はかなり薄まった。この残った魔力を新しいやり方で圧縮していくことにする。

 脳内イメージで魔力を鍋に流し込んで、火を点けた。

 ……では、この魔力を半分ほどのかさになるまで煮詰めていきましょう。

 わたしの脳内では麗乃時代に母さんがよく見ていた料理番組の音楽が流れている。「こちらに煮詰まった魔力があります」そんな声さえ聞こえてくる感じだ。

 魔力を煮詰めるのができあがれば、あとは今までの圧縮方法と同じである。煮詰まった魔力を丁寧に畳むようにして、なるべく隙間なくぴったりと並べて袋の中に詰めていく。

 ……畳んで詰めたら、体重をかけて圧縮だ。ぷしゅーっ! うん、ぺらんぺらんになったね。

 その後、身体強化の魔術具へと詰め込んでいた魔力を自分の方へと戻す。魔力を放出するのには慣れているけれど、魔力を吸収するのはあまり慣れていないので、ちょっと時間がかかる。

 わたしは魔術具に注ぎ込んだ魔力を少しだけ取り返すことに成功し、それも同じように圧縮していく。

 目を閉じて集中しながら圧縮していると、近くで魔力圧縮に取り組んでいたヴィルフリートが合格をもらう声が聞こえた。

「合格です。ヴィルフリート様は筋が良いですね。この調子でこまめに圧縮して魔力を増やしていくと良いですよ」

「ありがとうございました」

 得意そうな響きのヴィルフリートの声がして、わたしもグッと体に力を入れた。

 ……わたしも頑張らなくちゃ。

 できるだけギュギュッと圧縮をしていく。最初の煮詰める段階さえ越えれば、後は慣れた手順の圧縮なので、それほど時間を掛けずに圧縮ができた。圧縮のためのスピードを上げることが今後の課題になりそうだ。

 わたしは目を開けると、手首の魔術具を難しい顔で睨みつけているヒルシュールに声をかけた。

「どうですか? 最初より圧縮できたと思うのですけれど」

 わたしがわくわくしながら、ヒルシュールの反応を伺っていると、わたしの手首についた魔術具をじっと見ていたヒルシュールが一度目を伏せて、ゆっくりと息を吐きだした。

 合格という声が出てこないことにルーフェンが首を傾げる。

「ヒルシュール、やり直しか?」

「いいえ、そんなことはありません。大変結構ですわ。ローゼマイン様は合格です」

 わたしの手首の魔術具を外しながら、ヒルシュールは少し震えたような声でそう言って、「よく頑張りましたね」と労ってくれる。ヒルシュールの労いは、「よぉし! よくやった」というルーフェンの声にほとんど掻き消されてしまったけれど。

「このままどんどんと魔力を増やしていくと良いだろう。其方は体が小さい分、伸び率は一番良いかもしれない。努力あるのみだ。一度に圧縮しすぎると気分が悪くなるからな。毎日少しずつ圧縮すると良いぞ」

「できる限り頑張ります。お世話になりました」

 わたしが礼を言った時、ヒルシュールはすでに背を向けて魔術具をごそごそと触っていた。次の子の準備だろうか。まだまだ待っている生徒はたくさんいる。

 わたしは邪魔をしないようにすぐさま自分の席へと戻った。

「筋が良いと褒められたのだ」

 ヴィルフリートが嬉しそうにそう言いながら、わたしを見て報告してくれる。その後は、皆が魔力圧縮の練習をしている中、静かに圧縮しているのがわかった。

「ヴィルフリート兄様、魔力圧縮は程々になさいませ。あまり急激に圧縮すると、魔力酔いを起こしてフェルディナンド様のように気分が悪くなりますよ」

「だが、せっかく覚えたのだ。どんどん圧縮したいではないか」

 それをして魔力酔いを起こす生徒が毎年必ずいるから、二人の先生が練習を終えた子供を見張っているのだ。

「先生方から注意を受けておきながら、こっそり魔力圧縮をして、気分が悪くなって、倒れるようなことになると、恥ずかしいですよ」

 わたしがヴィルフリートを注意すると、周囲に座っていた他領の領主候補生もヴィルフリートと同じようにビクッとし、見回りをしていた先生が小さく笑った。

 領主候補生の指導が終わると、次は上級貴族が魔力圧縮に挑戦し始める。その途端、倒れる生徒が頻出し始めた。

「ルーフェン、席まで運んであげてくださいませ」

 ヒルシュールの声が響いた後、ぐったりとその場に座り込む生徒をルーフェンが担いで席へと連れて行く様子が見える。

「魔力が暴走しています! 急いで魔術具を!」

 そう叫んだフラウレルムの高い声にもう一人の先生が魔術具を急いでつける。間にいた生徒の体がガクリとその場に崩れ落ちる。

「大丈夫でしょうか?」

 領主候補生は比較的早くに習得することができたので、それほど大変だという認識がなかったけれど、上級貴族はそうでもないようで、すんなりと終わる方が珍しいという状況になってくる。

 わたしが心配になりながら周囲の様子を見ていると、ヴィルフリートがゆっくりと首を振った。

「おそらく礎の魔術に魔力供給をした経験があって、魔力を動かすことに慣れているかどうかが、大きな分かれ目になるのだと思う」

 ヴィルフリートがそう言っていたように、領主候補生は自力で魔力圧縮を終えた後、自力で歩いて席に戻ったけれど、初めての魔力供給をしたヴィルフリートのように座り込んで立てなくなる上級貴族が多い。

「心配しなくても、休めば回復する。私もシャルロッテもそうだった」

「……上級貴族でこの状態では、下級貴族は心配ですわね」

「魔力が大きい方が負担は大きいので、下級貴族の方が楽だとオズヴァルトから聞いたことがある」

「そうなのですか。よくご存知ですね、ヴィルフリート兄様は」

 わたしの言葉に何とも複雑そうな表情でヴィルフリートがわたしを見た。

「私はむしろ、何でも知っているように見えて、何も知らない其方に驚かされる。二年間とは存外大きいのだな」

「本には載っていない、生活するうえで自然と学ぶことがすっぽりと抜けている感じです。特に、わたくしは洗礼式までの間、貴族の生活とは少し違う状況で育ちましたから」

 わたしの場合、貴族として暮らした期間が二年に満たないのだ。常識や知識は全く足りないと言っても過言ではないだろう。

「私は二年間努力したからな。少しは其方の助けになる事ができると思う」

「期待しておりますね」

 上級貴族は大半が合格しなかった。これからゆっくりと魔力を動かすことに体を慣らしていくのだろう。先生によって解散が命じられ、わたし達は寮へと戻る。

 本日の課題も無事にクリアできたわたしは、寮に戻ってから参考書作りの続きをしていた。作りながら、中級と下級貴族の一年生から宮廷作法の課題に関する話を聞いて、代わりに魔力圧縮の第一段階のコツや魔力を動かすことに慣れていない上級貴族がバタバタと倒れていたことを話す。

「そのようなお話を伺うとドキドキいたしますね」

「魔力が少ない方が負担は少ないとヴィルフリート兄様が言っていました」

「ですが、その分、魔力を増やすのが大変だということですよね?」

「そうです。生死の境目で必死になるほどでなければ、魔力はなかなか増えませんよ」

 わたしの言葉に「魔力を増やすために命を懸けるのは怖いです」という声が上がる。無理のない範囲で上げていこうという結論に落ち着いた時、ヒルシュールが多目的ホールに入ってきた。

 扉を開けて、ぐるりと中を見回す紫の目がギラリと光って、わたしを捕えたのがわかる。

「え? ヒルシュール先生!?」

「何かあったのですか!?」

 珍しい寮監の姿に多目的ホールがざわめく。本来ならば、寮監が寮にいても何の不思議もないのだが、エーレンフェスト寮では、寮監がいない方が普通なのである。

 ヒルシュールはわたしをじっと見たまま、足音を立てず、優雅に、しかし、恐ろしく速いスピードでわたしのところへと向かってくる。途中で投げかけられている生徒たちの質問は完全に無視だ。多分、視界にも入っていない。

 あまりのスピードに驚いたのか、視線の強さとピリピリとしたような雰囲気に触発されたのか、レオノーレがシュタープを取り出し、コルネリウス兄様がわたしの前に立った。

 軽い動きでわたしを守るように出てきたアンゲリカが生き生きとした顔で魔剣シュティンルークに手をかける。

 護衛騎士という職業に慣れていないせいか、まだ低学年のせいか、ユーディットとトラウゴットはポカンとした後、ハッとしたようにわたしのところへと駆けてきた。

「なかなか優秀な側近を揃えておいでですね」

 クスリと笑ったヒルシュールが護衛騎士を見回してそう言った。

「ごきげんよう、ローゼマイン様。わたくし、ローゼマイン様に急ぎのお話がございます。ローゼマイン様のお部屋に伺ってもよろしいでしょうか?」

 にこりとした笑みを浮かべているが、視線の強さは変わらない。断るなどできるはずもなく、わたしは頷いた。

「えぇ、もちろん構いません」

 わたしの了承と同時にリヒャルダとリーゼレータが身を翻して、迎える準備のために部屋へと向かうのが視界の端に映った。そして、この場に残った側仕え見習いのブリュンヒルデは、わたしが立ち上がれるように椅子を動かしてくれる。

 リヒャルダとリーゼレータの準備が整うように、わたしはゆっくりと立ち上がり、緊迫した雰囲気が満ちているホールを見回した。

「ハルトムートとフィリーネはここで参考書作りの続きをしてちょうだい。それから、護衛騎士は女性だけで良いわ」

 優雅に微笑みながら指示を出しているけれど、内心はわけがわからなくてぐるぐるしている。

 ……なんか怒られる気がする。なんで? わたし、何をした?

 もしかしたら、昨日、フラウレルムを卒倒させた話だろうか。ヒルシュールに昨日レッサーバスを見せた時には喜んでいたし、感心したようなことを言っていたので、お説教は回避したとばかり思っていた。けれど、復活したフラウレルムから何か苦情でも入ったのかもしれない。

 ……神官長の師匠と思っただけで怖いよぉ。

 しくしくと痛む胃を押さえながら、わたしは護衛騎士を率いて、ブリュンヒルデの先導で自室へと戻る。一足先に部屋に戻っていたリヒャルダとリーゼレータによって、客人を出迎える準備がされていた。

 リヒャルダにお茶を入れてもらい、わたしはお茶とお菓子を一口ずつ口にして、ヒルシュールに勧める。ヒルシュールはお皿に置かれたお菓子を一口食べて、少し目を細めた。

「……このお菓子は何でしょう?」

「カトルカールというお菓子です。最近エーレンフェストで流行しているお菓子ですわ」

「まぁ……」

 ヒルシュールが目を丸くして、雰囲気が和らいだことに安堵しながら、わたしは用件を聞いた。

「お急ぎの用件とは何でしょう?」

「本日の魔力圧縮についてお話をしたいと存じます。人払いしてくださいませ」

 魔力圧縮に関する話は秘匿しなければならないことが多い。わたしは頷いて、軽く手を振った。側近達がざっと部屋から出て行く。

 その上で、ヒルシュールはわたしの前に盗聴防止の魔術具をコトリと置いた。

「これは盗聴を防ぐ魔術具です」

「存じております。フェルディナンド様がよく使われるので」

「あら、あのフェルディナンド様と魔術具を使って秘密のお話をする間柄ですか?」

 からかうように紫の目が輝いたかと思った次の瞬間、ハァ、とヒルシュールは息を吐いて肩を竦めた。

「わたくしが必要だと思ったのと同じ理由で準備されているのだと思いますけれど。……では、早速ですけれど、本日の魔力圧縮の時、何をしたのか、説明してくださいませ」

 食らいつくような紫の目で身を乗り出すようにして聞かれても、正直困る。わたしは魔力圧縮以外に何もしていない。説明するようなことは何もない。

「何と言われても……魔力の圧縮しかしておりません。何を説明すればよろしいでしょうか?」

 わたしの言葉にヒルシュールがきつく目を閉じて、「無自覚?」と呟くのが聞こえた。どうやら何かやらかしたらしい。

「あの、魔力圧縮は合格だったのですよね? わたくし、何か足りませんでしたか?」

「いいえ、足りなかったのではありません。むしろ、足りすぎました。わたくしは長い教師生活の中で初めて遭遇した異常事態を解明したいだけですわ」

「異常事態ですか?」

「えぇ」

 さぁ、説明しろ、と迫られているのはわかるが、何か異常事態があっただろうか。やっぱりわからない。

「異常事態とは何ですか? 多分、わたくしが普通ではないことをしたのでしょうけれど、何をしたのかよくわからないのです」

 驚いたようにヒルシュールが目を丸くした後、腰から下げていた魔術具をカチリと外してわたしの前に置いた。魔力圧縮の時に手首に付けていた物だ。

 あの時ヒルシュールがじっと見ていた面には、電圧計のように目盛りと針があって、今は針が真ん中を指している。

「今回使ったこの魔術具は、魔力の濃さを測る物です。手首に付けると、付けた時点の魔力が基準となり、それから圧縮されたかどうかを調べることができます」

 濃度や量を数値化するのではなく、針が動くかどうかで圧縮に成功したかどうかを調べるのだそうだ。

「圧縮に成功して濃度が濃くなると針は右に振れます。圧縮の仕方さえ覚えれば、後は当人が努力するしかないので、基本的にほんの少しでも針が右に振れれば合格になります」

 一応の圧縮ができれば、効率を良くしたり、大量に圧縮したりは本人が努力するところなので、先生達が関与する範囲ではなくなるらしい。

「ローゼマイン様につけた魔術具は特別な物で、フェルディナンド様の魔力濃度を測定するためにわたくしが特別に作った物なのです」

 貴族院時代、天才と言われていた神官長は、普通の魔術具では簡単に針を振り切るようなレベルの圧縮をしていたそうだ。そのため、大きな振れ幅を観測できるようにヒルシュールが魔術具を改造したらしい。今回、わたしは神官長用の魔術具が使われたそうだ。「騎獣でフラウレルムを卒倒させたのですもの。何が起こるかわかりませんからね」と言われた。

 ……ごめんなさい。

「そして、案の定と言いますか、予想以上と言いますか、想定外のことが起こったのです。わたくしがローゼマイン様に圧縮を始めるように、と言った直後、針が左に向かって振り切れました。フェルディナンド様用に作った魔術具の針が振り切れるほど魔力の濃度が下がるなど、わたくしは初めて見ました。どう考えても圧縮を行う子供達ではあり得ない針の動きです」

 ……あ、そっか。圧縮するために開放したから、一度濃度が薄まったんだ。

「そして、その後、まるで圧縮に慣れているかのように、見る見るうちに針が元に戻っていき、更に、右側に向かって針が倒れていきました」

「それは、つまり、最初の状態より濃度が上がったということですよね? わたくしの圧縮は成功していたということで間違いありませんか?」

「間違いありません」

 ぶっつけ本番ではあったけれど、ローゼマイン式圧縮方法を四段階にすることにはちゃんと成功したようだ。やった、とわたしが内心小躍りしていると、ヒルシュールが「やはりフェルディナンド様の愛弟子ですわね」と呟いた。

「さぁ、ローゼマイン様。一体何をしたのか、きちんと説明してくださいませ」

「はい。魔力圧縮に関する説明を受けた時に、魔力の濃さを測って、それ以上に圧縮できたら合格だと言われたので、わたくしは今まで以上に圧縮しなければならないと思ったのです。そのために、圧縮していた全ての魔力を解放してから、更なる圧縮を目指して、圧縮し直したのです。あ、ヒルシュール先生の助言が大変役に立ちました」

 わたしは自分が行いを説明すると、ヒルシュールは肩を落として、緩く頭を振った。

「それはようございました。けれど、ローゼマイン様。これまでに圧縮ができていたのでしたら、最初に薄めておいて、元に戻すだけで良かったのですよ?」

「あ!」

 ……盲点だった。

「普通はそれ以上に圧縮しようなどと考えません」

「申し訳ございません。全く思い浮かびませんでした」

 ヒルシュールが疲れ切ったような顔でわたしを見た。

「それにしても、フェルディナンド様の愛弟子ですわね。規格外といいますか、想定外といいますか……。再びエーレンフェストの名が上がる時代がやってきたのでしょうか。ローゼマイン様は無自覚な分、フェルディナンド様より困ったことになりそうですけれど」

 そう呟いた後、ヒルシュールは気を取り直したように、クイッと顔を上げ、興味深そうに紫の瞳を輝かせる。

「ローゼマイン様、先程わたくしの圧縮方法が参考になったとおっしゃいましたね? でしたら、わたくしもローゼマイン様の圧縮方法を参考にさせて頂きたいものです」

「……大変申し訳ございません。わたくしの圧縮方法はエーレンフェストの秘密で、首脳陣6名の賛成がなければ教えられないことになっているのです」

「まぁ、それは残念だこと。首脳陣の6人とは一体どなたかしら?」

 残念、と言いながらもヒルシュールの表情は全く諦めていない。どこから情報を入手するか考えている顔をしている。

「領主夫妻と騎士団長夫妻辺りでしょうか? ローゼマイン様の後見人ならば、フェルディナンド様も含まれるのかしら? あと一人が思い浮かびませんわね。ジルヴェスター様の筆頭側仕えでいらしたリヒャルダ? それとも、ボニファティウス様でしょうか?」

 エーレンフェスト出身のヒルシュールは内情にも詳しいようだ。わたしは冷汗をかく思いで、ヒルシュールの言葉を聞く。

「エーレンフェストの領主夫妻に許可を頂くのは簡単ですわね。カルステッド様とエルヴィーラ様も色々と貸しがございますから、手強くても攻略はできそうですね。後はどなたかしら?」

 そう言いながら、ヒルシュールがわたしをじっと見つめながら、唇の端を上げる。

 ……うわ! ヒルシュール先生、エーレンフェスト首脳陣の秘密や弱み、いっぱい握ってるっぽい! ひーん、助けて、神官長!

 蛇に睨まれた蛙の心境で、ヒルシュールを見返していると、小さく笑ったヒルシュールがすっと立ち上がった。

「騎獣、魔力圧縮、このお菓子……。ローゼマイン様が一体どのような変化をもたらしてくださるのか、楽しみにしておりますよ」

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